2007年7月12日木曜日

気分のよい会話:その理由

今日は職場で久々に少し気分のよくなる会話が耳に入った。

事の発端は、あるプロジェクトの打上げに私の上司(そのプロジェクトに関しては担当者?として対応)が呼ばれなかったことであった。

打上げは若手のプロジェクト担当が運営していたようで、これまでの経緯から、どうもこの上司を呼びづらい、あるいは呼びたくないという話になったようである。

この上司がプロジェクトチームを色々な意味で振り回していたのは確かである。とは言え、プロジェクトが一応の成功を見たのであれば、打上げの時は水に流してあげればよいのに、と私も側で思っていた。

ところが、プロジェクトマネージャーが直々にこの上司の下に来て、「あなたが来ないと俺の気分が悪い」と一言。最初はへそを曲げていた上司も「お前が気分悪いんならしょうがないな。」の返し。

単純だが気持ちのこもったよい会話。どうでもよい(しかし気分が悪くなりがちな)ひそひそ話やギョーカイ通をひけらかすいやーな会話が多く耳に飛び込む中で、久々に気分が良くなった。

しかし、なぜ気分が良くなったのだろうか?

これは単に、互いに気分が良くなることを最終目的とした会話で、「お互いもやもやをなくそうよ」という気持ちを一瞬で共有できたことが伝わったからではないだろうか?

そういえば私はそんな会話ができていない。うまく相手と共に少しでも気分良くなる方向の会話が。もちろん、職種柄どうしても小難しい話が多くなるが、そんな中でも「互いに気分が良くなる会話」を目指したいものだ。

これを踏まえると、前述のひそひそ話やギョーカイ話が不愉快な理由が浮かび上がる。それは、

  • 手許の仕事に飽きたから、休憩代わりに・・・
  • 何となく小難しい話を(これ見よがしに)して、物知りを演じる
  • ギョーカイ通である所を見せる
といった、自己満足の領域を出ない会話だからであろう。

自分も相手も気分のよくなる会話。最近少し落ち込み気味だった私には一服の清涼剤となった(例えが古い)。

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