2007年9月30日日曜日

外の空気

金曜日に(会社の大変化で本当はそれどころではなかったのだが)福岡でのバイオ統計関連の学会に参加した。

私の恩師が中心となっていることもあり参加したのだが、何より久々の学会、というか久々の出張で外の空気を吸うことができたのが何よりだった。

懇親会や裏?懇親会で同業他社の人たちと色々話をしたが、何よりよかったのが「その人でなければ聞くことのできない話」を聞くことができたことであった。

「(ひょっとすると話すとまずい)社内の話」や「(色々異論があるかもしれない)自分の考え」が話題の中心となることが多く、話す側は結構腹が据わっていなければならない。話の詳細な内容はともかく、その腹の据わり具合には感心するばかりである。

それに対して「その人でなくとも聞くことのできる話」や「有名人の話の受け売り話」の何と面白くないおことか。確かに話しても支障はないし異論も出ないが、何の感動もない。

それで満足な人もいるのだから仕方のないことだが、願わくばそのような「面白くない話」の聞き手が御免被りたい。

上半期終了

今週は2007年上半期最後の週であった。

システム導入の業務やら引越準備やら、とにかくどたばたしていた。しかも月曜日は休日、金曜日からは学会で福岡に出張することもあり、持ち時間が3日しかなかったために、尚のこと慌しい週であった。

いずれにしても10月からは心機一転で仕事に励みたい。

2007年9月22日土曜日

仮住まい

今週は、仮の引越先フロアで業務に従事した。

本引越?が控えているので、できる限り荷解きはしない方針を採った。従ってはさみやホッチキスなど、ちょっとしたものも使うことができない状況だった。

もっとも、今週は

  • 統計(マクロ)ライブラリの受け入れテスト
  • 製品開発プロジェクトの共同開発会議への出席(情報共有が主目的)
等、正直言って単調な作業が続いたため、あまり不便は感じなかった。

周りが引越作業でどたばたしていたことと座席配置を除けば、よい気分転換になった。

2007年9月15日土曜日

仮引越?

今週はオフィスのフロア間の引越作業に多くの時間を割いた。

しかも、実際の引越は10月1日で、その前にビルの工事の都合で、私の所属先+αの部署だけは、その期日前に暫定的に別フロアに追いやられることに。

今回は
  1. 何より早めに作業を開始したこと
  2. 更に、かなり前から(多分偶然だとは思うが)倉庫に送るべき資料は梱包していたこと
  3. 結婚時の引越で「引越(整理整頓)とは捨てることと見つけたり」の精神を学習済で、しばらく閲覧していない文書は基本的に「捨て」と決めたこと
等の要因があり、あまりストレスを感じることなく作業を終えることができた。

敢えて更なる改善策があるとすれば、

  1. 日頃から「いらないものは捨てる」ことを実践する。
  2. 「資料を自分で持たない」方策を探る。
  3. 本当に重要な紙の資料はスキャナで電子化(これは部分的に実践済)
といったところか。

もっとも、「本当に重要な紙の資料」なんて、なかなかお目にかかることはできないんだけど。

2007年9月8日土曜日

Tarone検定の第1種の過誤率:続き

Tarone検定の第1種の過誤率についての続報。

検討対象と相関のある終末的イベント(「死亡」等)を打切りと扱う場合について、終末的イベントのハザードが

  1. 群間で均一な場合
  2. 用量依存的に減少している場合
  3. 用量依存的に増加している場合(これが懸念される状態)
の各パターンの場合について、シミュレーションでTarone検定の第1種の過誤率を推定した。

その結果、第1種の過誤率はそれなりに名義上の値を維持していることが示唆された。これは想定していた仮説と異なる結果である。

なぜそのような結果が出たのか?考えうる原因は・・・

  1. 仮説が間違っている。
  2. シミュレーションには自作のGumbelの2変量指数分布乱数を使用したのだが、これが正しく機能(本当にGumbelの・・・分布に従っているのか?)していない。さらに、主要なイベントと終末的イベントの相関が結果として低くなり、本来評価したい状況=2つのイベントの相関が(ある程度)強い状況になっていない。
  3. ハザードの設定に問題がある(ハザードが低ければ、そもそも有意差が検出される可能性が低い)。

ただし、現実の臨床試験データとあまりに乖離した設定もできないので、3.は原因としては考えないことにしたい。また、1.については、一般的には「統計モデルを誤指定した場合にも第1種の過誤率が高くなる」ことが知られており、このシミュレーションの結果だけでは1.の結論の正しさは判断できない。

とりあえずシミュレーション計画の見直しか・・・。

「淡々とやる」ことの重要さ

私が会社に入って2年目ほど経った時、(当時の私としては)比較的大きな仕事を任されることとなった。

それは他部署の人たちにも(実は他社にも)関わる仕事で、何とか準備はしてみたものの、緊張半分浮かれ?半分といった状況であったと思う。そんな私に先輩の一言。

「淡々とやれよ。」

当時の私にはあまり意味が理解できなかったが、その後、事ある毎にこの言葉を自分に言い聞かせてきた。

淡々と事態・目標を把握する。
淡々と目標への道程を定める。
淡々と決め事に従って行動する。

外部の状況や他人の目は関係なく、あくまでやるべきことを真摯にやる。

変に浮かれるでなく、かといって訳知り顔でしらける訳でもなく。そこにあるのは

  • やるべきこと
  • そこに至るプロセス
  • 行動
だけである。最も重要なのは「やるべきこと」を正確に見定めることだが、それは

  • 最終的にどのような状況になることを皆が(そして自分も)望んでいるのか?
という観点に立たないと、ただの「自己満足」に陥ってしまう。

周りの様子を見ていて、この「自己満足」で完結させてしまっている話が多い感じる今日この頃。

束の間の安穏

今週は、色々な懸念事項が解決してきたこともあって業務量は少なく、本業である統計関連の調査や検討に時間を割くことができた。
10月にある会社イベントがあるので、「嵐の前の束の間の安息期間」といった所か。でも、こんな時にどれだけ「仕込み」をしておくかが重要なのかも。これは、結婚を機に料理をするようになって、理屈でなく学んだことである。

2007年9月1日土曜日

引越は人(私)を謙虚にする?

今週は、システム導入に必要な文書の修正手続きが主な業務で、それ以外は雑多な作業だらけであった。

この修正手続きについては、文書作成そのものはベンダに依頼しているのだが、修正案は全て私が作成した。何のための外部委託だったのか?外部委託の方法論を検討する時期に来ているように思う。


社内の事情で、近く社内で引越をすることになっている。

私も就職以来、社内・社外(プライベート)で何度か引越を経験しているが、その度に自己嫌悪に陥る。

何で日頃から片付をちゃんとやらないのか?なぜ持ち物管理を「モジュール化」して、何時運搬してもよいようにしておけないのか?要らないものはその都度捨てないのか?

でも、自己嫌悪はつらいが引越すると身の回りはすっきりして気分が変わるのも確かである。

「定期的に仮想引越」なるイベントを定義して、常に整理整頓を心がけさせるより他ないのだろうか?

でもやっぱりちょっと気が重いな・・・。