2007年5月28日月曜日

仕事中の私語も程度が

どこで仕入れたかは知らないが、人(有名人)の不幸のニュースで仕事中に盛り上がるというのはちょっとどうなのかなと。

「全く私語はNG」とは言わない(本当はうるさいと思っている)けど、せめて場の空気を悪くしない気配りはしてもらいたい。特に「職位が高い」とされている人々には。

あまりの感性の鈍さに沈黙。まともに相手にせんとこ。

2007年5月26日土曜日

問題点を回避する方法は?

独立でない打切り(死亡)を独立とみなして扱うのではなく、

  1. 独立でない打切りまでの時間に対してモデルパラメータを推定し、
  2. そのパラメータの推定値を基に、主要なイベントに対する打切りを独立な打切りと独立でない打切りを区別して取扱う
ことにより、検定統計量の一致性を確保する。

2007年5月25日金曜日

「できないこと」

今週は、納入が遅れているプログラムライブラリの開発委託先と今後の対応について話し合った。

本当は、

  • エラーメッセージがわかりにくくて、こちらでテストプログラムが作りづらいんだけど
とか、
  • 素人目に見て怪しい処理がちらほらあるんだけど
とか色々言いたいことはあったものの、今回の打ち合わせの趣旨を踏まえ、全体的な方針をお互いに確認するにとどめた。あくまでも、この後の作業をできる限り気分よく進めてもらうことを願いつつ。

ただ、強調したのは、
  • できないことはできないと早く言って欲しい
  • スケジュールは余裕を持って設定して欲しい
ということである。

ただ、「できないこと」を積極的に主張するのは案外難しい。理由は自尊心やビジネス上の背景など様々だが、少なくとも「(今の自分に)できること・できないこと」の区別や判断はできる限り躊躇わないようにしたい。

「できないことをできるようになる」ことはとても素敵なことだが、ビジネスでは「するべきことをする」ことだけが重要になる。「できないこと」に対しては他のカバー方法を考えればよいことである。

まさしく「言うは易く行なうは難し」。私も安請け合いの癖があるので気をつけないと。

2007年5月23日水曜日

なぜその現象が問題なのか?

検定の一致性(帰無仮説の下では名義上の有意水準を満たす)は、データ分布について置いた仮定が成り立つ場合にのみ成立する。Tarone検定では対象とする事象と打切りの独立性を仮定しているが、本研究で扱うデータでは、下肢切断と死亡による打切りの独立性は自明でない。このため、Tarone検定を適用した場合、検定結果が偽陽性である可能性がある。

2007年5月19日土曜日

研究の動機付けとなった現象は?

医薬品の用量反応試験とは、研究対象となっている医薬品の数種類の用量の比較により、用量と医薬品の有効性の関連性(「用量反応関係」)を検討することを目的とした臨床試験である。用量反応試験では様々な試験デザインが適用されるが、本研究では固定された用量の投与群を並行群間試験において比較する場合を扱う。

用量反応関係として最も単純なものは単調増加性あるいは単調減少性であり、このような関連性を検出するための統計的検定は傾向性検定と呼ばれる。応答変数の形式に応じて様々な傾向性検定の手法が提案されている。

ある臨床的事象の発現までの時間を応答変数とする場合、傾向性検定としてはTarone検定がよく知られている。この手法は、臨床的事象発現のハザード関数の線形対比に対する検定手法であり、Cox回帰モデルから導出することができる。

一方、以下のような状況を考える。

  • 慢性的な動脈閉塞に起因する下肢切断実施までの時間を有効性の応答変数とする。
  • 事象の追跡が長期にわたるため、途中で追跡の打切りが伴うが、重篤な疾患であるため、被験者の死亡による打切りの可能性がある。
  • 医薬品の安全性評価の一環として、下肢切断実施に関係なく、一定期間の追跡を実施する。従って、「臨床的事象の発現後に死亡」というパターンが想定される。
このような場合、現時点で考えられる有効性の解析は以下のとおりである。

  1. 下肢切断実施までの時間に対してTarone検定を適用し、打切りの理由は考慮しない。
  2. 下肢切断実施・死亡いずれかの発現までの時間に対してTarone検定を適用する。
これらの解析は問題点を含んでいる。1.については、死亡が下肢切断と独立な事象であると考えている点である。動脈疾患が背景にあることを考慮すると、全ての死亡を下肢切断と独立と考えるのは問題がある。

2007年5月18日金曜日

仕事と電話

今週は、外注していた統計解析用モジュールの受け入れテスト対応でほぼ終始した。納品物に仕様書と食い違う点が出てきて大変だった。

至らぬ点が多く自分にあることは十分承知しているのだが、どうにも納得できないのが、IT(統計解析用モジュール開発がIT関連かどうかはともかく)の世界で飯を食う人にある問題について経緯を尋ねた際の「あなたが電話で言ったからそうなったのです」との回答。

その担当者の方はまじめな方なので「その通りなんだろうなぁ」と思いつつ、言いたい言葉をぐっと飲み込む。

私自身は、少しでも相手に勘違いを引き起こす可能性のある事項については電話で話すことはしない方針を採っている。それは、

  • 基本的に「私の話術だけでは相手は理解できない」と考えているから。
  • 電話越しに(場合によってはメモを取りながら)小難しい話を長々と聞かされるのは、相手にとってちょっとしたストレッサーではないかと考えている。(自分がそうだから)
  • 相手の誤解を後に解くことになればそれだけでロスが生じるし、誤解が実際には生じていなくとも「誤解させなかったかなぁ」と不安になるのが嫌だから。
もちろん、仕事としてでもITベンダーが「あなたが電話で言ったから」という根拠で開発を進めるのは問題(何のための仕様書?)だが、この言葉にはそれ以前の部分で気分が良くなくなった。

図らずも自分の考えがそこそこ外れていないことはわかったものの、このために来週は多くの調整が必要になりそうだ。


ブログ移転テスト

結婚して環境が変わったのを機に、書き込み先を変えてみたい。

気になるのは最近書き込むネタが少なく感じること。

元々口数が少ない方ではあるが、それ以上に自分以外の人間と
気分のよい会話をしていない。がっかりする言葉を耳にすることが
ここ数日富に多い。

かく言う自分も相手の気分を悪くしているのかもしれない。

己の欲せざる所人に施すことなかれ。蓋し金言である。