何だかよく分からない結末で終わった。
仕事というか、大勢の前でプレゼンするだけだったのだが、ちょっと暴れすぎた・・・。
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2012年11月12日月曜日
2012年11月4日日曜日
帰省異聞:母校よ燦たれ
先月末に帰省した.
私の家族で帰省の際は,姉夫婦家族が気を遣ってか,実家に寄ってくれることが多い.今回もそうだった.姉夫婦家族は姉・その旦那さん(義兄)・大学生の姪・高校生の甥の4人である.
この甥,私の出身校に通っていて,野球部に所属している.この野球部は私の高校卒業後かなり経ってからできた部である.元々ラグビー部がそれなりに有名(日本代表に招集されたOBもいる)だったのだが,やはり「高校スポーツと言えば野球でしょ?」ということなのか.
さて,帰省の際に母から気になる話を聞いた.詳しいことは分からないが,まとめると
色々突っ込みたい点はあるのだが,最も気になったのは
私の家族で帰省の際は,姉夫婦家族が気を遣ってか,実家に寄ってくれることが多い.今回もそうだった.姉夫婦家族は姉・その旦那さん(義兄)・大学生の姪・高校生の甥の4人である.
この甥,私の出身校に通っていて,野球部に所属している.この野球部は私の高校卒業後かなり経ってからできた部である.元々ラグビー部がそれなりに有名(日本代表に招集されたOBもいる)だったのだが,やはり「高校スポーツと言えば野球でしょ?」ということなのか.
さて,帰省の際に母から気になる話を聞いた.詳しいことは分からないが,まとめると
- 一部の新入部員(中学時代にクラブチームでブイブイ言わしていて,県立高校なのに推薦で入学)がわがままを言って,チームがまとまらない(甥っ子は2年生)
- 顧問(=監督?)が野球の素人で,指導も不十分
- その「一部の新入部員」の(一部の?)親が「顧問交代」を持ち出す
色々突っ込みたい点はあるのだが,最も気になったのは
- 「野球が上手」ということで推薦入学した生徒がいる
- そもそも,数名単位で「ちょっと野球の上手そうな学生」を取り込んだ所で,急激にチームが強くなるという考えが幼稚である.高校スポーツは「指導者」が重要,それは前述のラグビー部の歴史が物語っている.
- 「昔が良かった」的な話をする訳ではないが,「文武両道」という学校のミッション(校是)はどこへ行ったのか?推薦入学させたはいいが,勉学で(中略)な成績であったら,一体どうしようというのだろうか?
- 「一部の新入部員」の親の言うこともある意味正論だが,「監督変えろ」といって「はい変えます」という反応を県立高校に期待しても無理である.それを分かって正論を打つのだとすれば,全くの浮世離れである.
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色々突然の仕事で
あたふたすることが多かった。
いきなり議事録を書くことになったり(実際はきちんとスケジュールされていたようだが、そのスケジュール表を広大なファイルサーバから探すのが・・・)、追加で解析を実施しろと言われたり(結局は実施しない方向で調整)・・・。
いきなり議事録を書くことになったり(実際はきちんとスケジュールされていたようだが、そのスケジュール表を広大なファイルサーバから探すのが・・・)、追加で解析を実施しろと言われたり(結局は実施しない方向で調整)・・・。
2012年7月2日月曜日
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2012年3月11日日曜日
忘れられぬ「あの日からの1年」
Time flies like an arrow.
本当に早かった1年だ。経験のない程の仕事の忙しさ、その最中に父が亡くなったこと、それらに向かい合っているうちに1年の半分が過ぎてしまった。
その1年の半分の出来事は、ものの考え方を変えるには十分だった。その位濃密な1年だった。
・・・で、「その日」のブログの内容を見たのだが、「何か書くことあるだろ」と言いたくなるほど、当時のことが(記事を見ただけでは)何も分からない内容なので、「その日」の行動を書き出してみる。
本当に早かった1年だ。経験のない程の仕事の忙しさ、その最中に父が亡くなったこと、それらに向かい合っているうちに1年の半分が過ぎてしまった。
その1年の半分の出来事は、ものの考え方を変えるには十分だった。その位濃密な1年だった。
・・・で、「その日」のブログの内容を見たのだが、「何か書くことあるだろ」と言いたくなるほど、当時のことが(記事を見ただけでは)何も分からない内容なので、「その日」の行動を書き出してみる。
- 14:46、勤め先でかなり大きい揺れに遭遇。しばらくして東の方(後に幕張であったことが判明)で煙が立ち上っていたのを見て、ただならぬ状況であることを感じる。ちょうど急ぎの仕事があった時期で、何か資料を作っていたようだが、交通状況等心配が先に立ち、仕事に十分集中できる状況ではなかった。なお、この時間帯は携帯電話が全くつながらなかった。
- 15:00~15:30?、ようやく嫁と連絡を取る。保育園にいる子供をどうするかということになり、徒歩で1時間強で帰宅できる(嫁は3時間前後)私が迎えに行くことにする。しかし、もし迎えに行かなかったら保育園はどうしていたのだろうか?また、「地震が起きてもすぐに帰宅するな」と言われているが、では一体いつまで待てばよいのだろうか?
- 16:30、「18:00までには保育園に迎えに行かないと」ということで、帰宅を決意。上司にその旨伝え、帰路に着く。途中恵比寿とか目黒とかを通ったが、あんな地震の直後だと、高層ビルだらけの街は恐怖でしかない。道中、コンビニで夕食用の菓子パンを購入。おそらく17:30頃だったと思うが、すでにその頃には店は混雑、食品にも売切れが目立ち始めていた。
- 18:00、保育園に到着。子供の様子を見て安心する。でも頭には防空頭巾、子供も「いつもと違う」状況を感じ取っていたもしれない。帰宅後、菓子パンと握り飯を子供に食べさせる。子供にテレビを・・・と思ってスイッチを入れたが、当然どの局も地震関連の臨時放送だった。20:30頃嫁が帰宅。
2012年3月4日日曜日
急ぎの仕事をやりたくても
なかなか手を着けられない、もどかしい週だった。
所属する会社の海外の(というか本国・米国の)オフィスでは、アウトソース化を進めて莫大な業務量に対応しているのは明らかなのだが、それが日本に実感として伝わらない。
日本人は残業連発で何事もなかったように乗り切って?しまうので、本国でも「アウトソース不要」と考えているとさえ思う。
所属する会社の海外の(というか本国・米国の)オフィスでは、アウトソース化を進めて莫大な業務量に対応しているのは明らかなのだが、それが日本に実感として伝わらない。
日本人は残業連発で何事もなかったように乗り切って?しまうので、本国でも「アウトソース不要」と考えているとさえ思う。
2012年2月26日日曜日
2012年2月19日日曜日
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2012年2月5日日曜日
2012年1月29日日曜日
2012年1月21日土曜日
Hat Trick制度(個人的)導入してみたが・・・
つまりは毎週3つの「ゴール」を決めるという意味。
しかし、以外に難しいのはその「ゴール」の定め方。
しかし、以外に難しいのはその「ゴール」の定め方。
- もちろん業務のゴールに近づくことができるものが望ましい
- でも、自分以外の条件に左右されるもの(チームメンバーの業務状況)は自分のゴールにできない
- しかも「毎週」「達成できそうな」ゴールでないといけない
- なので、業務のゴールだけでなく、「業務全般にプラスな、比較的易しいこと」もゴールの候補にする
2012年1月16日月曜日
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