2012年12月25日火曜日

今年最後の大?仕事は

何だかよく分からない結末で終わった。

仕事というか、大勢の前でプレゼンするだけだったのだが、ちょっと暴れすぎた・・・。

2012年12月17日月曜日

本当に目まぐるしく動く

週だった。物理的(会議のために部屋から部屋へ)にも概念的(色々なプロジェクトの仕事をカバー)にも。

2012年12月3日月曜日

久々に統計専門職的な業務に

集中できた週だった。

穏やかな時期はどうやら終わったようだが、もうすぐ年末である。

2012年11月25日日曜日

飛び込みの部署?年次報告プレゼンが

無事に?終了した。

進捗報告という内容だったのだが、どこまでうまく行ったのやら・・・。

2012年11月17日土曜日

とある「御前会議」のプレゼン準備で

ひどく時間を食われた週だった。

こんなにプレゼン準備に時間をかけたのは初めてだと思う。

しかもプレゼンは英語(外人のボス相手なので)。

2012年11月12日月曜日

飛び込みの「御前会議対応」で

時間を食われてしまった。

正直「これは無駄」とも思ったが、「英語でプレゼン」のまたとない練習機会と健気に考えることにした。

2012年11月4日日曜日

帰省異聞:母校よ燦たれ

先月末に帰省した.

私の家族で帰省の際は,姉夫婦家族が気を遣ってか,実家に寄ってくれることが多い.今回もそうだった.姉夫婦家族は姉・その旦那さん(義兄)・大学生の姪・高校生の甥の4人である.

この甥,私の出身校に通っていて,野球部に所属している.この野球部は私の高校卒業後かなり経ってからできた部である.元々ラグビー部がそれなりに有名(日本代表に招集されたOBもいる)だったのだが,やはり「高校スポーツと言えば野球でしょ?」ということなのか.

さて,帰省の際に母から気になる話を聞いた.詳しいことは分からないが,まとめると


  • 一部の新入部員(中学時代にクラブチームでブイブイ言わしていて,県立高校なのに推薦で入学)がわがままを言って,チームがまとまらない(甥っ子は2年生)
  • 顧問(=監督?)が野球の素人で,指導も不十分
  • その「一部の新入部員」の(一部の?)親が「顧問交代」を持ち出す
といった所である.

色々突っ込みたい点はあるのだが,最も気になったのは

  • 「野球が上手」ということで推薦入学した生徒がいる
という点である.少子化という現実があり,県立高校と言えど生徒の奪い合いは避けられないのかもしれない.この点の難しさには同情するが,母校は危機にあると感じずにはおれない.それは,

  1. そもそも,数名単位で「ちょっと野球の上手そうな学生」を取り込んだ所で,急激にチームが強くなるという考えが幼稚である.高校スポーツは「指導者」が重要,それは前述のラグビー部の歴史が物語っている.
  2. 「昔が良かった」的な話をする訳ではないが,「文武両道」という学校のミッション(校是)はどこへ行ったのか?推薦入学させたはいいが,勉学で(中略)な成績であったら,一体どうしようというのだろうか?
  3. 「一部の新入部員」の親の言うこともある意味正論だが,「監督変えろ」といって「はい変えます」という反応を県立高校に期待しても無理である.それを分かって正論を打つのだとすれば,全くの浮世離れである.
県立高校としての限界はあるが,まずは学校運営の中での野球部の位置づけをまずは見直してみて欲しい.OBはいつまでも「燦たる」母校であって欲しいのだ.




冒頭2日は家族旅行で休暇

ということで、必然慌しく過ぎた週だった。

しかも飛び込みの仕事もあり、落ち着かない時間が結構あった。

2012年10月30日火曜日

2012年10月14日日曜日

社内勉強会終わる

やはり不安が少しでもある箇所はスムーズな説明にならない。

何とかならないものか、このプレゼン技術。

2012年9月30日日曜日

2012年9月24日月曜日

社内勉強会用スライドで

かなり時間を費やした週だった。

基本統計のことを詳しくは知らない人たちに「負の二項回帰モデル」を説明するのは、かなり無理がある。

2012年9月17日月曜日

地味だが興味深い

問題を社内プロセスに見出す。

しかし、他部門が絡むため、解決までの道のりは長そう。

2012年9月9日日曜日

まだまだ続く暇な日々

・・・で一杯の週だった。

でも色々と新事実を知ることのできた週だった。

2012年8月27日月曜日

穏やかを通り過ぎて暇な

週だった。

「仕事は自分で探すもの」。学生時代に聞いた,バイト先での先輩?の言葉が身に染みる。

2012年8月19日日曜日

夏休み、あっけなく終了

いくつかやりたかったことを進められたり、妻から宿題(どれも結構重い)をもらったり、とある意味充実?した休みだった。

2012年8月13日月曜日

休み前の週で

最後の頑張りを・・・という程の仕事量がなく、小さい仕事を淡々と捌いて「脳内休暇モード」と戦う週だった。

2012年8月5日日曜日

たまっていた仕事を

バタバタ片付けた週だった。
やっつけ仕事と言われても...

2012年7月30日月曜日

2012年7月23日月曜日

2012年7月16日月曜日

13日の金曜日は休み

...だから何だという感じだが、消化不良という例えがぴったりの諸事の進み具合だった。

2012年7月9日月曜日

色々突然の仕事で

あたふたすることが多かった。

いきなり議事録を書くことになったり(実際はきちんとスケジュールされていたようだが、そのスケジュール表を広大なファイルサーバから探すのが・・・)、追加で解析を実施しろと言われたり(結局は実施しない方向で調整)・・・。

2012年7月2日月曜日

多忙な同僚を横目に見つつ

しこしこ細かい仕事で過ごした週だった。

ちょうど1年(+αか月)前は私も超多忙だったのだよ。

2012年6月24日日曜日

いつまで続く穏やかな日々・・・

会議が多かった(丸一日社外で、というものもあり)ものの、平穏無事に過ごした。

2012年6月11日月曜日

法事で金曜日は休み

・・・ということで、木曜日までに色々慌てながら仕事を捌いた。

2012年6月3日日曜日

マイペースな週

こんな週の過ごし方が今後のパフォーマンスを決めるのだろうな・・・。

2012年5月27日日曜日

同時進行のプロジェクトを同時に引き受けたので

おのずと関連作業が同時に必要になり、しかもそのどちらも技術的・時間的に厳しいという困った状況に。

困ったなぁ。

2012年5月21日月曜日

溜まった仕事に全く手を着けられない

ある意味ストレスの溜まる週だった。

かといって、「終業時間から新しい作業始めるか」という気にもなれず・・・。

2012年5月12日土曜日

連休明けということで

かなり緩いペースで仕事を進める。

とはいえ、大きなポイントにはなったので、やれやれという感じ。

2012年4月21日土曜日

かぜ1日休んだものの

物事は何とか動いていた模様。

なかなか鼻水が止まらないのが気になるが・・・。

2012年4月15日日曜日

先週(4月2日の週)までの緊張感は緩和され・・・

ほぼ通常通りの業務処理ペースに戻った。

置かれた状況はまだ予断を許すものではないが、まずは一息。


2012年4月7日土曜日

話が違うよ、と声に出して

しまいそうな引き継ぎ仕事を続けた週だった。
しかも部外の人にも「吹いて」しまっていて、何とか収拾させないといけない。

精神衛生上よくなさそう。

2012年4月1日日曜日

一区切りついたはずなのに

想定外の対応等で、なぜか焦る心が休まることのない週だった。

2012年3月25日日曜日

ある意味「マイペース仕事」な人たちに

振り回されると感じることの多い週だった。

外資系企業とはこういう人たちの集まりなのだと、つくづく感じる。

2012年3月19日月曜日

予想外の出来事の対応で・・・

何だかばたついた感じで過ぎた週だった。

この状況は本当に疲れる。

2012年3月12日月曜日

大きなマイルストーンも無事通過

・・・で、まずは穏やかな週だった。このまま作業が進んでくれるとよいのだが。

2012年3月11日日曜日

忘れられぬ「あの日からの1年」

Time flies like an arrow.

本当に早かった1年だ。経験のない程の仕事の忙しさ、その最中に父が亡くなったこと、それらに向かい合っているうちに1年の半分が過ぎてしまった。

その1年の半分の出来事は、ものの考え方を変えるには十分だった。その位濃密な1年だった。

・・・で、「その日」のブログの内容を見たのだが、「何か書くことあるだろ」と言いたくなるほど、当時のことが(記事を見ただけでは)何も分からない内容なので、「その日」の行動を書き出してみる。


  • 14:46、勤め先でかなり大きい揺れに遭遇。しばらくして東の方(後に幕張であったことが判明)で煙が立ち上っていたのを見て、ただならぬ状況であることを感じる。ちょうど急ぎの仕事があった時期で、何か資料を作っていたようだが、交通状況等心配が先に立ち、仕事に十分集中できる状況ではなかった。なお、この時間帯は携帯電話が全くつながらなかった。
  • 15:00~15:30?、ようやく嫁と連絡を取る。保育園にいる子供をどうするかということになり、徒歩で1時間強で帰宅できる(嫁は3時間前後)私が迎えに行くことにする。しかし、もし迎えに行かなかったら保育園はどうしていたのだろうか?また、「地震が起きてもすぐに帰宅するな」と言われているが、では一体いつまで待てばよいのだろうか?
  • 16:30、「18:00までには保育園に迎えに行かないと」ということで、帰宅を決意。上司にその旨伝え、帰路に着く。途中恵比寿とか目黒とかを通ったが、あんな地震の直後だと、高層ビルだらけの街は恐怖でしかない。道中、コンビニで夕食用の菓子パンを購入。おそらく17:30頃だったと思うが、すでにその頃には店は混雑、食品にも売切れが目立ち始めていた。
  • 18:00、保育園に到着。子供の様子を見て安心する。でも頭には防空頭巾、子供も「いつもと違う」状況を感じ取っていたもしれない。帰宅後、菓子パンと握り飯を子供に食べさせる。子供にテレビを・・・と思ってスイッチを入れたが、当然どの局も地震関連の臨時放送だった。20:30頃嫁が帰宅。

2012年3月4日日曜日

急ぎの仕事をやりたくても

なかなか手を着けられない、もどかしい週だった。

所属する会社の海外の(というか本国・米国の)オフィスでは、アウトソース化を進めて莫大な業務量に対応しているのは明らかなのだが、それが日本に実感として伝わらない。

日本人は残業連発で何事もなかったように乗り切って?しまうので、本国でも「アウトソース不要」と考えているとさえ思う。

2012年2月26日日曜日

月曜日に腰痛で会社を休む

・・・という波乱?の滑り出しも、火曜日以降は淡々と業務をこなす。

10日後にちょっとした山場が来るので、そこまではできることを確実にやり終えないと。

2012年2月19日日曜日

私には「リーダーシップ」が足りないらしい

・・・確かに、中学で卓球部の部長になった時から、その感触はずっと抱いていたけれど。


2012年2月12日日曜日

新しい担当業務の対応で

慌しく過ごした週だった。

社内のプロセス管理の支援というものだが、時々はこのような業務があると、思考が固まらないような気がして新鮮だ。

2012年2月5日日曜日

嵐の前の静けさ・・・?

ということかどうか分からないが、淡々と細かい作業をこなした週だった。

ある意味では「平穏な1週間」(ばたばたしてはいたが)、いつまで続くやら・・・。

2012年1月29日日曜日

下準備とかボランティア的作業とかで

細かい作業を淡々とこなした週だった。

裏?ではプロジェクトの行方を揺るがしかねない状況変化もあり、できることは早めに手を着けておかないと。

2012年1月21日土曜日

Hat Trick制度(個人的)導入してみたが・・・

つまりは毎週3つの「ゴール」を決めるという意味。

しかし、以外に難しいのはその「ゴール」の定め方。


  • もちろん業務のゴールに近づくことができるものが望ましい
  • でも、自分以外の条件に左右されるもの(チームメンバーの業務状況)は自分のゴールにできない
  • しかも「毎週」「達成できそうな」ゴールでないといけない
  • なので、業務のゴールだけでなく、「業務全般にプラスな、比較的易しいこと」もゴールの候補にする
というのが現時点での考えである。

2012年1月16日月曜日

本格稼動の週は

ほぼ無難な立ち上がりで、手を着けたかったタスクには全て着手できた。

週単位でこのペースを保てれば・・・。