ルールの必要とされる状況次第でその答は様々であろう。仕事の場合は
- 必要な成果・成績を確実に(しかも効率的に)出すため
- 規制対応
ただ、近年ルールが真に「公明正大に」決められたという話は聞かない。どちらかと言えば少数の人々の嗜好や国策等、つまりは「誰かの都合」で決まっているように思う。
もちろん「関連する人々全てがハッピーになる」ルール等存在しないわけで、「三方一両損」的な最適化が本来は目指すべき所であろう。そのためには、
- 皆が納得するような、ルールを決める目的を決める。
- 現状のプラクティスを把握し、上記の目的に沿って良い点・悪い点を客観的に把握する。
- 現状のプラクティスの悪い点を修正するための現実的かつ有効な対応策を定める。
- ルール案を「ルール案を定めた人」以外に審査してもらい、そこで出た意見には必ず回答をフィードバックし、合意を得るよう努める。
ところが、時折見聞きする「ルール決め」では、
- そもそもルールを決める手順そのものを定めない。
- ルールを決める目的のステートメントがない、あるいは曖昧な説明のみ。
- ごく少数の人物が「自分の基準」のみで現状のプラクティスを評価する。このため、「三方一両損」ではなく「一方三両損」になる。
- 対応策が現状のプラクティスとさほど変わらないので、問題解決につながらない。
- 意見を募集しない、あるいは募集はするものの、都合の悪い意見は無視する。
この状態を改善するためには、ルール決めのリーダーを(職制等に関係なく)明確に指名し、
- リーダーがルールを決める目的を明確に宣言し、手順の概略を定める。
- 誰もが「俺がルールブック」的思想に陥る可能性があることを踏まえ、できるだけ多人数でチームを召集する。
- 意見を述べる手順・様式をチーム側で提供する。また、出された意見はチーム全員が目を通し、チームで合意できる形でルール策定に反映する。
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